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がんのリハビリテーションの実際・リスク管理
     
 

 
   
 リハビリテーションのかかわり方は、がん自体による局所・全身の影響、治療の副作用、臥床や悪液質にと もなう身体障害に大きく左右されます。がん専門病院ではリハビリテーションに平行してがんに対する治療が 行われることがほとんどですので、治療担当科の医師、病棟スタッフとカンファレンスなどを通じて、十分に コミュニケーションを図り、情報を日々共有することが大切です。
 がんのリハビリテーションを行う上で知っておくべきリスク管理のポイントを表にまとめました。
 
骨髄抑制 
化学療法中や放射線治療中は骨髄抑制を生じる可能性がある ので血液 所見に注意を払う。血小板が 3 万以上であれば特に運動の制限は必要ないが、 1万〜2万では有酸素運動主体にして抵抗運動は行わないようにする。1万以下の場合には積極的な訓練は行うべきではない。強い負荷での抵抗運 動も筋肉内や関節内出血を引き起こす可能性があるので注意する。白血球が減少すると易感染性が問題となる。特に好中球が 500/μl 以下の場合は 感染のリスクが高いので、クリーンルーム管理などの感染予防の対策をとる。
抗がん剤治療中・後
化学療法後には、臥床にともなう心肺系・筋骨格系の廃用、ヘモグロビン値の低下、多量の水分負荷もしくは心毒性にともなう心機能の軽度低下など が原因で、安静時に頻脈となることが多い。運動負荷の目安については、動悸、息切れなどの自覚症状に注意しながら、安静時よりも 10 〜 20 多い心拍 数を目安に少しずつ負荷量を増加させていくと良い 。アンスラサイクリン 系薬剤であるドキソルビシン(アドリアマイシン ? )やダウノルビシン(ダウノマイ シン ? )などの使用によって心機能障害が出現することが知られている 。シスプラチン 、タキサン系薬剤などの投与によって末梢神経障害が発生する。 通常は治療終了後数ヶ月〜数年で消失もしくは軽快するが、時に不可逆的な障害がおこる。  
放射線治療中・後
急性反応(照射 期間中・照射 直後に発生)には全身反応と局所反応がある。全身反応である放射線宿酔は照射後早期に見られる吐き気、食欲不振、倦怠感など二日酔い様の症状を言う。全脳や腹部の広い範囲を照射した場合に起きやすい。局所反応には脳や気道などの浮腫、皮膚炎、口腔咽頭粘膜の障害、消 化管障害、喉頭浮腫がある 。晩期 反応(半年以降に出現)には、神経系(脳壊死、脊髄障害、末梢神経障害)、皮下硬結、リンパ浮腫、骨(大腿骨頭壊死、肋骨骨折)、口腔・唾液腺(口腔内乾燥症、開口障害)、咽頭・喉頭の障害などがみられる。頭頸部や乳癌の術後照射の後には、結合組織の増生による皮下の硬 結により頚部や肩の運動制限を来たすことがある。これに対して理学療法を出来るだけ早期に開始することが有用で ある。
血栓・塞栓症
がん患者では凝固・線溶系の異常を 来たしやすく、 長期の安静臥床もあいまって血栓・塞栓症を生じるリスクが高い。下肢の深部静脈 血栓( DVT) により 生じた 血栓が塞栓子となって血流に乗って 運ばれ肺 動脈につまり閉塞すると、肺血栓 塞栓症を 生じる。完全に閉塞する と肺梗塞となる。突然 の呼吸困 難、胸痛 、意識 レベル低下 、頻 呼吸などを認めるが、 突然ショック 症状で発症する場合も多い。長期間の安静臥床後に初めて離床を試みる 際には注意 を要する 。 DVT は 、 D - dimer 高値、 超音波検査、造影CTなどにより診断される 。 DVT が発見 されれば抗 凝固療法(ワーファリン、ヘパリン)を開始する 。リ スク が高い場合には下大静脈フィルターを挿入し肺塞栓症の予防に努める。 PTE の治療には、抗凝固療法と血栓溶解療法、および残っている深部静 脈血栓が遊離して新たな肺塞栓を生じることを防ぐための安静を要する。下肢マッサージも禁忌となる 。DVT、肺血栓塞栓症の 予防には、弾性ストッキ ング・弾性 包帯、 間欠的空気圧迫法( foot pump )、 足関節自動 運動、 安静期間の短縮などを行う必要がある。  
胸水・腹水
癌性胸膜炎によって胸水が貯留している患者で安静時に呼吸苦を生じている場合には、呼吸法の指導やベッド上の体位の工夫が有効である。また、 安静時には酸素化に問題がなくとも、軽度の動作によってすぐに動脈血酸素飽和度が下がってしまうことがある。このような場合にはできるだけ少ない エネルギーで動作を遂行できるように指導する必要がある。呼吸困難のため補助呼吸筋を使用している場合には、上肢動作により補助呼吸筋の使用 が妨げられ、呼吸困難を悪化させてしまうので注意を要する。
四肢に浮腫がみられる患者で胸水や腹水が貯留している場合には、圧迫やドレナージによって胸水や腹水が増悪することがあり注意が必要である。こ のような場合には、呼吸困難感や腹部膨満感といった自覚症状の悪化、動脈血酸素飽和度の低下などに注意しながら対処していく。特に、尿量が少な い場合には慎重な対応が求められる。
 
【参考文献】
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3)
辻哲也 : 癌のリハビリテーションの実際 . リハビリテーション科医師の役割 . 癌(がん)のリハビリテーション ( 辻哲也 , 里宇明元 , 木村彰男編 ), 金原出版 , 454- 455, 2006.
4)
辻哲也 : リハビリテーションを行なう上でのリスク管理 . 実践 ! がんのリハビリテーション ( 辻哲也編著 ), 2007.
5)
田沼明 , 辻哲也 : ハイリスク状態のリハビリテーションアプローチ 悪性腫瘍 ( がん ). 総合リハ 34: 423- 428, 2006.
6)
辻哲也 : 骨転移痛に対する対策 骨転移患者のケア . ペインクリニック 29: 761- 768, 2008.
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辻哲也 : がん治療における理学療法の可能性と課題 がん治療の現状 . 理学療法ジャーナル 42: 915- 924, 2008.